プロフィール
▼ はじまりの物語を読む
セドナとの出会い
2003年、私は、神社や仏閣にお参りすることもなく、神様について考えることもありませんでした。
「スピリチュアル」という言葉さえ知らず、そうした世界とは縁もゆかりもない人でした。
長い間、子育てをしながら夫の自営業を手伝い、受付や経理をしていました。
そんな私が、ある日、自宅で雑誌を開いたとき、セドナの赤い岩に座っている女性の写真を見ました。


その瞬間、「ここに行かなければ」と強く感じたのです。
なぜそう思ったのかは、今でも分かりません。
セドナがスピリチュアルな土地だということも、そのときは知りませんでした。


それでも私は、子どもを預けて、一人でツアーに参加しました。高熱が出ていたにもかかわらず、その旅に行くことを決めたのです。
現地では、馬に乗って山を歩くセラピー、リーディング、ネイティブアメリカンの家でのスウェットロッジなど、それまでの人生で経験したことのないことばかりを体験しました。


そして、セドナから帰国してすぐ、
エネルギーが見えるようになりました。
人や物を意識して見ると、私には、そこに固定された「物体」があるようには見えません。
細胞のような細かなものが、空間いっぱいに動いているのです。


人も、物も、その周りの空間も、別々に存在しているのではなく、細かな動きが重なり合い、混ざり合いながら動いている。
顕微鏡で細胞を見ているような、そんな感覚です。
私には、人も物も、形そのものではなく、
動いているエネルギーとして見えています。
リーディングするときは、
どう見えているのか
けれど、リーディングをするときには、その細かな動きを一つひとつ追っているわけではありません。
対象に意識を合わせると、無数の細かな動きが、
ひとまとまりの大きな動きとして捉えられてきます。
私には、影踏みをするときの影が、ひとまとまりになって動くような感覚に近いのです。
そのまとまりの中には、その人の思考や思い、意識のようなものまで含まれているように感じます。
そこから、感じ取ったものが映像や言葉などに変わって浮かんできます。
私はそれを読み取り、
その人に届く言葉にしてお伝えしています。
この体験が、今の私のリーディングにつながる大きなきっかけの一つになりました。
「ぶつかるよ」という声
セドナから帰国した翌年、私は交通事故に遭いました。


事故の5分ほど前だったと思います。
突然、女性の声ではっきりと聞こえました。
「ぶつかるよ !! 」
その後、本当に後ろから追突されました。
当時は、その声が何だったのか分かりませんでした。
後になって、彗星探索家の木内鶴彦さんが語っている臨死体験の話を知りました。
木内さんは、6歳の頃に「危ない!」という声を聞き、その直後に岩が崩れ落ちてきた体験をされています。
そして後の臨死体験でその場面に戻ったとき、
あの声を発していたのは、未来の自分自身だったと捉えたといいます。
出典:webムー「臨死体験者・木内鶴彦が見た宇宙の真実と未来の記憶」
その話を知ったとき、私は自分の体験を思い出しました。
「もしかしたら、あのとき私が聞いた『ぶつかるよ』という声も、自分自身のどこかから届いたものだったのかもしれない」そう考えるようになりました。
それが本当に何だったのかは、今も分かりません。
ただ、後になって知った木内さんの体験が、私自身の体験と重なったのです。
突然、耳が聞こえなくなった
子どもを出産した後、花粉症から鼻の調子を崩し、蓄膿症になりました。
ある朝、連日の鼻づまりから鼻を強くかんだ瞬間、突然、右耳が聞こえなくなりました。
同時に、立っていられないほどの激しい、回転するようなめまいが続き、入院しました。
退院後、初めて自宅で眠ったときのことです。


暗闇の中へ連れて行かれるような体験がありました。
怖くはありませんでした。
なぜか「ここは宇宙だ」と分かりました。
そこで私は、
「片耳が聞こえなくなりました。両耳が聞こえなくなったらどうしよう。大丈夫ですか?」と尋ねました。
すると、男性の声で、
「大丈夫だから」と返事がありました。
もう一度、安心できるか尋ねると、また、
「大丈夫だから」と返ってきました。
あの体験が何だったのか、今も分かりません。
でも、その声を信頼し、自分自身を信頼していこうという思いにつながっています。
さまざまな学び
この頃から、ヒーリングやメディカルアロマテラピーなどを学び始めました。その経験を重ねるほど、
「人間とは一体何なのだろう」
という問いが、私の中で大きくなっていきました。
起業、
ゲリー・ボーネルさんとの学び
2006年、自営業としてセレクトショップを開業しました。
海外への買い付けなどを行いながら、リーディングやワークショップも行っていました。
そして翌年、アカシックレコードの第一人者ゲリー・ボーネルさんを師として、アカシックレコードのスクールに通い始めました。
私にとって、ここでの学びは、人生を変えた大きな転機の一つでした。
そのスクールの一環として、断食を行いました。
断食2日目の朝、私は、
自分の身体と同じくらいの大きさの光
を見ました。


中央には核のようなものがあり、私が動くと、その光も一緒に動いていました。
そのとき私は、これは私の魂の光なのではないか と感じました。
学びながら、
自分でもスクールを始める
2008年、店舗を移転、リニューアルし、新たなスタートを切りました。ゲリー・ボーネルさんのスクールには通い続けながら、
自分でも、小さなアカシックレコードのスクールを始めました。


学ぶ側でありながら、自分自身も人に伝える側へと動き始めた時期でした。
11年間、この場所で仕事を続けました。
その間、海外での学びやツアー、個展、スクールなど、さまざまな活動へと世界が広がっていきました。
離婚。「帰る場所」を失った感覚
その後、私は離婚しました。離婚した後、東京のスクールへ通っていた頃のことです。
交差点で信号が変わるのを待っていました。
そのとき突然、「ああ、私は一人ぼっちなんだ」と思いました。
「もう誰にも頼るところがない」
「帰る家がない」
今まであった「帰る場所」がなくなった。
まるで突然、何もないところに放り出されたような、大きな喪失感と孤独に襲われました。


このときの「帰る場所」という感覚は、後になって、私が人に届けたいものへとつながっていきました。
断食。虹色の光と球体
お坊さん主催の断食に参加しました。
断食1日目の夜中、トイレに起きて、暗い廊下を歩いているときでした。
突然、自分の身体の中心から、
虹色の光がものすごい力強さで放射している のが見えました。


ふわっとした優しい光ではありません。
身体の中心から外へ向かって、
ギラギラと、強い力を持って放射している光でした。
そして同じとき、私の頭の斜め上に、
オレンジ色の大きな球体がありました。
私が歩くと、その球体も一緒に動いていました。
後になってエジプトの絵を見たとき、人物の頭上に描かれた太陽円盤が、私が見た球体とそっくりだと感じました。
古代エジプトでは、人物の頭上に太陽円盤が描かれるものがあります。私が見たものと何か関係しているのかは、私には分かりません。
ただ、あのとき自分が見たものと、古代エジプトに描かれているものが、そっくりだったということが、強く印象に残っています。
大きな交通事故
そして、最初の事故から約30年後、私はもう一度、大きな交通事故に遭いました。
一度目の事故とは、まったく違う体験でした。
大きな衝撃を受けた瞬間、
あ、できることは何もないんだ
私がどうすることもできないんだ
そう、ふっと悟りました。
その後、短い間、意識がなくなりました。
車が止まり、意識が戻りました。
我に返り、ようやく車から降りました。


そして道路に座り込んだ、その瞬間から、
身体がブルブルと激しく震え始めました。
家に帰ってからも、翌日になっても、身体の震えは続きました。
自分で震えているのではありません。
自分の意思とは関係なく、肉体そのものが震えている。
そのとき初めて、
「肉体がこれほど怖がることがあるんだ」と思いました。
一度目の事故では、事故の前に「ぶつかるよ」という声を聞きました。
二度目の事故では、自分ではどうすることもできないということを、身体を通して感じました。
二つの事故は、私にまったく違うことを教えてくれました。
そして、今の私へ
こうした体験を重ねてきた一方で、私は、ずっと自分に自信があったわけではありません。
自分の経験や見えているものを、世間から「スピリチュアル」という言葉で括られることへの抵抗もありました。
学歴をはじめ、世間がつくったさまざまな物差しの中で自分を見て、誰かと比べてしまうこともありました。
「私は何者なんだろう」
「これでいいのだろうか」
そんなふうに、自分自身を測ろうとしていた時期もあります。
けれど、さまざまな体験を重ね、自分自身と向き合う中で、少しずつそこから抜け出していきました。
誰かと比べなくていい。
何者かにならなくてもいい。
私は、私でいい。
それは、何かを手に入れて自信をつけたというより、もともと自分の中にあったものを、少しずつ取り戻していくような感覚でした。
だから今は、肩書きや、どんな名前の手法を使っているかよりも、
自分自身であること を大切にしています。


本質を見ること。
本質とつながること。
そして、自分自身を信頼すること。
振り返ってみると、私がこれまで歩いてきた道は、
ずっと**「自分に還っていくためのプロセス」**だったのかもしれません。
そして今、私が届けたいのは、
自分という「還る場所」を持つこと。
どんなに揺れても、
どんな出来事があっても、
誰かと比べて自分を見失いそうになっても、
最後には、自分自身に還ってこられる。
「私は、私でいい」
そう思える場所を、自分の中に持っていること。
その人が、自分の本質を思い出し、
自分自身を信頼していけるように。
その人の本質とつながるための対話を、私はリーディングとして届けています。
体験して、自分で確かめてきた人


私は、誰かから与えられた答えを、そのまま信じてきた人ではありません。
小さい頃から、「本当にそうなのかな」
「もっと何かあるんじゃないかな」と、少し離れて物事を見てきました。
自分で見て、感じて、体験して、考える。
そして、自分の中で納得したものを信じる。
だから私は、知識だけではなく、体験することを大切にしてきました。
医療の現場、起業、海外、ものづくり、人や場をつくること。そして、人生の中で経験してきた不思議な出来事。
その一つひとつを体験する中で、私の見方も、考え方も変わってきました。今も模索しています。
急いで答えを出す必要はないと思っています。
自分で確かめて、自分が納得したものを信じる。そのすべてが、今の私のリーディングの土台になっています。

経歴
これまでの活動を通じてご縁をいただいた企業・団体・個人の皆様をご紹介します。
一つひとつの出会いが、現在の活動へとつながっています。
未来の言葉
医療機関での受付・経理(20年)
アカシックレコード・ヒーリング・チャネリングを学ぶ(東京スクール)
子育て・家庭生活
セレクトショップを起業し、11年間店舗を運営。
海外買い付けを続け、20年以上にわたり自営業として活動
自作ジュエリー制作・販売
アカシックスクールを開設
アカシックバイザー®︎(商標登録)
ノウイング・ウェイ・ジャパン(ゲリー・ボーネル氏)
アカシックレコード、スクール1期生。(東京スクール)
本科・専科・インストラクター課程を修了。
ゲリー・ボーネル氏関連イベントを主催・開催(2回)
海外セミナー2回参加。
アカシックリーディングを学んだ経験をひとつの土台として、これまでの経験や感性を重ねながら、
現在は一つの方法に限定することなく、さまざまなものを統合して「未来の言葉」としてお届けしています。
アンディレイキ オフィシャルサイト
アメリカの画家アンディ・レイキ氏の個展を2回開催。
正規日本代理店として活動し、アートを通して感性を現実へ届ける経験を重ねました。
Startup Weekend 浜松
オーガナイザーとして5回経験。
スタートアップ支援の現場に関わり、多様な起業家とともに、 アイデアの実現に取り組みました。
Miya Shinma Paris (調香師・新間美也氏)
フランス在住の調香師・新間美也氏とともに、オリジナル香水「星の女神アスタラ」を制作。
香りを通して、 感性を形にする表現を探求しました。
(株)サンパシフィック(旅行代理店)
セドナへの海外ツアーを企画・2回実施。現地の文化や体験を通じ、土地と感覚を結ぶ場を提供しました。
Yukiko (フランス)
フランス各地での買い付けを実施。セレクトショップ運営時に、 現地文化との出会いを通じて世界観を深めました。
(株)おもちゃ箱
オーガニック製品の正規販売店契約を締結。
ハーブティーや精油など、心と身体に寄り添う製品を紹介してきました。
(株)インターブレイン
フランスドクター・ヴァルネブランドの正規代理店として活動。メディカルスポーツアロマとマッサージ・フェイシャルの資格を取得し、自然療法を取り入れたケアを実践してきました。(東京スクール)
BIN house Japan((株)菊池)
ジャカルタ発・伝統布ブランド「BIN house」の販売店契約を締結。手染めの布の魅力を、 日本の暮らしの中に届けてきました。
アカシックバイザー®
内側で受け取ったものを、現実の選択と行動につなぐ対話セッションを提供しています。
静岡県浜松市を拠点に、対面・電話で全国の方に対応しています。※「アカシックバイザー®」は、登録商標です。
事業内容
相談事業
セレクトグッズ販売
リーディング/相談/アドバイス
カウンセリング/コンサルティング
ジュエリー制作/絵画販売
登録商標事業分類
広告業
経営の診断または経営に関する助言
技芸・スポーツまたは知識の教授
セミナーの企画、 運営または開催
書籍の制作、 電子出版物の提供
身の上相談、 占い
個人セッションを中心に活動しています。
イベントや企業との取り組みにもご相談に応じています。

